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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1765号 判決 1972年9月14日

控訴人

仁科えい

代理人

吉岡秀四郎

外一名

被控訴人

荒井運平

代理人

小林庸男

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

当審における控訴人の新たな請求を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一有限会社熱海日活映画劇場の持分譲渡代金について。

被控訴人が昭和三一年六月ころ右有限会社の控訴人の持分のうち八〇口を控訴人から譲受けたことは、当事者間に争いがない。控訴人は右譲渡代金は後日控訴人が被控訴人に対して負担することあるべき債務と差引清算さるべきものと主張するのみで、右譲渡にさいしその譲渡代金をいくらと定めたかを主張しないのみならず、その後においても当事者間においてこれを定めたことを主張せず、当然に右譲渡代金は八〇万円であるとすることはその主張自体から明らかである。しかし有限会社の持分譲渡にあたつてその譲渡代金について当事者間に合意がない場合、当然にその持分の名目上の価格(額面)が譲渡代金であるとすることは合理的でない。しかしその譲渡代金の定めがないからといつて当然無対価であるとするのも当事者の意思にそうゆえんではない。とくに本件においては後日の清算が了解されていたものと解されるから、結局において右譲渡当時から控訴人がその清算を主張する当審第一準備書面提出当時(昭和四二年五月二三日)までにおける右持分の実価について検討し、これをもつて譲渡代金と解するのが相当である。よつて按ずるに成立に争いのない甲第六号証によれば、右訴外会社は、はじめ商号を三栄有限会社と称し、本店を熱海市熱海一四六番地(本件建物所在地)に置き、繊維製品、電機器具、機械工具類等の販売を目的として昭和三〇年一一月三〇日設立された有限会社であつたところ昭和三一年四月一二日右商号を上掲のように有限会社熱海日活映画劇場と変更し、同日従前の代表取締役が辞任して、控訴人が右代表取締役に就任し、ついで同年六月三〇日控訴人がこれを辞任して、被控訴人が代表取締役に選任されたものであること、右会社は設立当初から資本の総額金一〇〇万円、出費一口の金額金一万円であり、その後もこれに変更はないことが認められ、従つて、控訴人の右持分の譲渡当時、右持分八〇口の価格は名目上金八〇万円に該当するというべきであるが、右有限会社が右資本金のほかどのような資産を有するかはなんら認めるべきものがなく、当初の資本金自体がなんらか形をかえて存在するかも明らかでなく、他方本件土地および建物について昭和三〇年一一月一七日訴外昭和融資株式会社(昭和融資)のため債権額金五五〇万円の抵当権、昭和三一年二月一七日訴外西村留次のため債権額金一二一万円の抵当権がそれぞれ設定され各その旨の登記が経由されたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一三号証によれば、昭和融資が右抵当権の実行のため右各物件につき静岡地方裁判所沼津支部に競売の申立をし、同年四月二三日付同裁判所の競売手続開始決定にもとづき同月二六日右競売の申立の旨が登記簿に記入されたこと(右事実中、昭和融資の右競売の申立の事実は、当事者間に争いがない)が認められ、これらの事実によれば、右抵当権者の昭和融資、西村留次らとの間において控訴人が右各抵当債務につき解決をはかり、右競売手続を解消せしめない限り、控訴人主張のように本件建物の地階を控訴人が提供して同所において右映画館を開設しこれを経営することが困難であることは、見易いところであるのみならず、弁論の全趣旨およびこれにより真正に成立した認める甲第一号証によれば、本件建物のうち一階部分の表通りに面する店舗一三坪は、訴外赤根貞親が控訴人から賃借して喫茶店を経営し、本件建物の地階出入口部分は右訴外人の賃借もしくは占有する範囲内にあつたこと、控訴人は右訴外人に対し右店舗の明渡を求めていたが、これを得ることができなかつたため静岡地方裁判所沼津支部に右明渡請求訴訟を提起し、被控訴人に対する上掲持分の譲渡当時も同裁判所に右訴訟が係属中であつたことが認められる。

以上認定の諸事実に原審および当審における証人風間辰治の証言および当審における控訴人本人尋問の結果をあわせれば、控訴人は、芸妓置屋を営むものであつたところ本件建物の地階において映画館の開設、経営を企図したが、昭和融資並びに西村留次らから本件土地、建物を担保として多額の金員を借入れ、昭和融資から本件土地建物につき右抵当権にもとづき競売の申立を受けるにおよんだので、横須賀において映画館を経営していた被控訴人に対し助力を懇請し、右有限会社熱海日活映画劇場の控訴人の持分八〇口を被控訴人に譲渡して被控訴人を右会社代表取締役に迎え、かつ被控訴人に対し昭和融資等からの前記抵当債務の解決を依頼するとともに控訴人の生活費をも含めて将来にわたり資金の援助を依頼し、被控訴人もこれを承諾したこと、しかし右有限会社は、商号は映画劇場と称するもののその実体は存せず、しかも近々にその実現を得る見込もなかつたのであつて、以上のような事情全般にもとづき右当事者間において右譲渡に際し譲渡持分の評価さえもおこなわなかつたことが認められる。

従つて、右譲渡持分の価格は、前掲のような名目上の金額いかんにかかわらず、実質上はほとんど価値なきものと認めるのが相当であり、甲第一号証記載の本件土地建物(これが控訴人個人の所有であつたことは前記のとおりであつたとしても、右有限会社がこれにつき法律上有効な賃借権を設定を受けたことは結局において的確な証明がない)の評価額は右認定を妨げるに資料とするには足りず、その他に右認定を動かす証拠はない。

かようなわけで、右持分の譲渡代金が当然名目上の金額と同額であるとする控訴人の主張の理由のないことは明らかであり、この点の控訴人の主張は排斥をまぬがれない。《以下省略》

(浅沼武 加藤宏 間中彦次)

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